
ストーリー
ヌールのくらすダマスカスは、かつて花の香りにあふれる美しい町だった。
ところが内戦がはじまると、町は危険な戦場へと一変する。
地下シェルターでの避難生活をつづけるうちに、ヌールといとこのアミールはあることを思いつく──
がれきから本をすくいだして、秘密の図書館を作ろう!


この本はシリア内戦当時、政府軍に包囲された町ダラヤで、市民が爆撃を受けた町から本を集めて図書館を作ったという実話から着想を得て描かれました。
作者のワファー・タルノーフスカさんも、幼少期にレバノンで内戦を経験されています。
主人公の名前である「ヌール」は、アラビア語で「光」という意味。
「光」の名を冠するヌールが集める本もまた、作中でたびたび「光」になぞらえられます。
戦争に巻きこまれ、日常を破壊された人々が、本に希望や安らぎを見出していくすがたをていねいに描いた一冊です。
作者のことば(本文より一部抜粋)
ワファー・タルノーフスカ
この物語は、シリア内戦中にあったほんとうのできごとをヒントにしていますが、同時に、レバノン内戦が起きた直後、1975年から76年の、わたし自身の体験にもとづいています。わたしは爆撃から身を守るため、家族とともに数か月間、地下室にかくれていたことがあるのです。でも、そうした記憶をだれかにきいてもらいたいとは一度も思いませんでした。
ところが、ダラヤの秘密の図書館の話を読んで思いだしたのです。わたしも、いつまでも砲撃がおわらない夜は、本を読んで気をまぎらせていたことを。
本は、人々が災害や戦争や絶望を乗りきる手だてのひとつです。わたしは、体に食べものが必要であるように、心には本が必要だと信じています。この本を書くことで、わたしの心はうるおいました。今、この本を読んだあなたの心がうるおっていますように。
画家のことば(本文より一部抜粋)
ヴァリ・ミンツィ
わたしは、ヌールの物語を自分のことのように感じています。共産主義国だったルーマニアですごした子ども時代をふりかえると、わたしは毎日をおびえながらすごし、絵を見たり、本(できればさし絵のある本!)を読んだりして、現実からのがれていました。ここ30年あまりは、中東でくらしてきましたが、ときどき、ヌールやアミールのように、毎日のくらしの根に、戦争と平和の問題があることを感じます。
戦火の中で生きる子どもたちを描く絵本を、レバノン生まれの作家、ワファー・タルノーフスカとともに作ることは、とても有意義な経験でした。こんなにやりがいのある作品にさし絵を描かせてもらう機会は多くありません。そして、恐怖と破壊にさらされたときも、子どもたちの想像力が、人の心をふるいたたせることができると知って、おどろくばかりです。
訳者のことば
原田勝
戦時下、しかも町全体が包囲され、攻撃されている時に、新しく図書館を作る。それがこの絵本のストーリーなのですが、そんなことができるんだろうか、と疑問をもつ人もいるでしょう。でも、この本は実話にもとづいているのです。
2011年、中東のシリアでは、親子二代にわたるアサド大統領の独裁政治に対する抗議デモが広がりますが、政府軍はデモを弾圧し、国内は内戦状態におちいります。反政府運動がさかんだったシリア南部のダラヤという町は、2012年から16年までの4年間、政府軍に包囲され、激しい攻撃にさらされて、多くの犠牲者を出しました。しかしその苦境の中、大学生を中心とする若者たちが、こわれかけた建物の地下に本を運びこみ、秘密図書館を開設します。この図書館では、ただ本を貸しだすだけでなく、勉強会や講演会なども開かれて、町の知の拠点となりました。
本書、『シリアの秘密の図書館』では、設定を少し変え、ダラヤは首都のダマスカスに、図書館を作るのは幼い女の子と男の子になっています。でも、ここに描かれている、町の人たちが、戦争という破壊行為とは正反対の読書という営みを維持しようとする過程は、実在したダラヤの秘密図書館で起きたこととまったく同じです。
非人道的な攻撃や迫害を受けている時、信念をもって抵抗しつづけるには、歴史や文学に裏打ちされた思想や主張が必要です。本からは、その基礎となる知識を得ることができますし、想像力で物語の世界に入り、つかのま、つらい現実を忘れることもできます。また、戦争のくわしい背景を知らなくても、そうした本の力が伝わってくるのもこの本のいいところ。文章は軽やかで、子どもたち二人の前むきなパワーを感じさせますし、印象的な色使いの絵は、中東の青い空と赤茶けた街並みを連想させて、とても印象的です。
文章を書いたのは、ワファー・タルノーフスカさんというレバノン生まれのアラブ系の作家。絵は、ルーマニア生まれでイスラエル在住のユダヤ人画家、ヴァリ・ミンツィさんによるものです。今、パレスチナ自治区のガザでは、アラブの人たちがイスラエルの攻撃によって悲惨な状況におかれていますが、この本の制作がそれぞれルーツの異なる二人の作家の共同作業によって生まれたことには大きな価値があります。
この本の翻訳中に、独裁的だったアサド大統領は国外に亡命し、シリア内戦は大きな節目を迎えました。報道によれば、新たな政権は、国内のさまざまな勢力の融和を図り、平和な国家再建をめざしているようなので、ぜひ、それが成功してほしいと思います。この本の巻末解説にもあるとおり、中東という地域は、かつて大規模な図書館があちこちに建てられて、世界の文明の中心地でした。平和が続き、この地域がまた文化の花開く場所になってほしいものです。
実在したダラヤの秘密図書館に興味のある方は、ぜひ、以下の書籍も読んでみてください。
・『戦場の秘密図書館〜シリアに残された希望〜』(マイク・トムソン著、小国綾子編訳、文溪堂)
・『戦場の希望の図書館』(デルフィーヌ・ミヌーイ著、藤田真利子訳、創元ライブラリ)
はじめてこの本を読んだとき、がれきの中から集められた本が銀河の星々にたとえられる場面に胸が熱くなりました。本は、人生の暗闇を照らす希望の光。本書から受け取ったそんなメッセージを、帯文や装丁の細部に込めています。