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2008年5月1日
絵本「しちどぎつね」の作者に聞く!

上方落語に魅せられて
田島征彦(たじまゆきひこ)さんに新刊絵本『しちどぎつね』についてお聞きしました。絵本原画制作中の作者を写真でご紹介します。
田島征彦さん

『しちどぎつね』田島征彦/作
上方落語に魅せられて
30年前に、桂米朝師匠の上方落語『地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)』を下敷きに『じごくのそうべえ』(童心社刊)を出した。大阪弁のテムポと、えげつないドタバタの笑いは、絵本のめくるという効果と相まって大成功を収めた。
上方落語に魅せられて、米朝師匠の落語テープを全巻揃えて、繰り返し聞いた。なかでも『七度狐』は絵本になると思った。旅の咄だけに、場面展開がスピーディだし、怖くておかしい不思議な魅力がある。

絵本原画の型紙を制作
ふたりのライバル
大阪の画廊で、中年の婦人が「絵本・七度狐」原画展を開いているのに出くわしたのも、その頃のことだった。しかし、この咄のもつ絵本的な展開を生かしきっていない。そのことを作者に話したら、「田島さんが、この落語を、絵本にされるのを楽しみにしていますヮ」と優しく言われた。この素人画家の絵本は出版されることはなかったと思う。
時を同じくして、石川県から、小学生の男の子が、手作りの絵本『しちどぎつね』を、ぼくに送ってきた。彼も、この咄の面白さに取りつかれたのだろう。子どもなりに、素朴なものだった。ていねいに造本された絵本に少し辛い批評を付けて、お返しした。その小学生も、今では、40歳を越した紳士になっていることだろう。あんまり昔のことだから、二人のライバルの名前も住所も失くしてしまった。
絵本になるまでに30年

絵本原画の染めの工程
落語『七度狐』は、伊勢参りの二人連れ、喜六と清八が、田舎の煮売屋 (軽食堂) へはいって酒を呑み始めるところから始まる。煮豆や高野豆腐をさかなに、酒盛りをやっていると、すり鉢の中に「いかの木の芽和え」を見つけて注文するが、村の寄り合いに出すものだと、頑に断られ、食べさせてくれない。二人は一計を案じて、すり鉢ごと「いかの木の芽和え」を盗み出してしまう。野原で食べてしまい、すり鉢を叢へ投げ捨てたら、気持ちよく昼寝していた、この辺りに歳古く棲んでいる狐の頭にゴツンと当たった。人に一度仇されたら、七度騙して返さないと、気が治まらんという七度狐。悪いわるい狐だ。それから、繰り広げられる傑作爆笑咄である。

下絵 (上)、型紙 (中)、完成した絵 (下)
「いかの木の芽和え」は、咄の中では充分にインパクトがあるが、絵が面白さを伝える絵本の中で描いては駄目だ。出だしでつまずいてしまった。懊悩のうちに20年近く年は過ぎた。5年ほど前に、「いかの木の芽和え」を西瓜に変えてはと思いついた。絵本はやっと動き出した。しかし、木の芽和えを西瓜に変えると、季節も変わってしまうのだ。落語は麦畑の中で進行するが、西瓜が実を付ける頃には、麦の収穫は済んでいる。江戸時代末期、ちょんまげ時代の農作物は、どんなものだろう。40年近くも、農作業に精を出してきたぼくとしては、畑の季節の動きを無視できない。『図録農民生活史事典』 (柏書房刊) や『農業図絵』 (農山漁村文化協会刊) など部厚い図鑑をめくり、熟読する日々が続いた。結局、江戸時代に「西瓜が、まだ熟れていないが充分に大きく育っている時期の田園風景はどんなんか?」ということについて、ぼくの研究は、はっきり解明できなくて、それより、創作意欲も萎えていくのである。またまた、このまま10年も20年も過ぎていくかもしれない。ここで踏み留まろう。
画家プロフィール
田島征彦
(たじまゆきひこ)
1940年生まれ。幼少期を高知県で過ごす。画家で絵本作家の田島征三氏はふたごの弟。ロングセラーとなっている『じごくのそうべえ』(童心社)をはじめとするそうべえシリーズ他、『みみずのかんたろう』(くもん出版刊)など著書多数。型染で絵本を製作するほか、美術館等での版画の展示で人気を集めている。
ぼくは、西瓜畑の観察を始めた。江戸時代と違って、現代農業は、農作物の改良が随分と進んでいる。しかし、それは無視させてもらおう。腰の辺まで伸びた稲が、青あおと広がる田園風景を背景に、絵本、『しちどぎつね』は進行してゆくことにした。
(絵本のたから箱より抜粋)
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