2006年4月13日
『ずっとつながってるよ こぐまのミシュカのおはなし』

悲しみからの再生をめざして
2000年の「世田谷事件」で妹さん一家を失った、絵本作家の入江杏さんが1冊の絵本を描かれました。命の尊さを伝えたい……。絵本にこめた著者の思いをお届けします。(5月上旬発売予定)
絵と文 入江 杏

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主人公は、一家が大切にしていたテディベアのミシュカ。
大好きだった四人の命が、突然、奪われてしまったあの事件から5年の月日が流れました。2000年12月31日、東京都世田谷区の自宅で、私の妹泰子と連れ合いの宮澤みきおさん、姪のにいな(8歳)と甥のれい(6歳)の一家四人は、変わり果てた姿で発見されました。20世紀最後の日に起きた世田谷事件です。犯人はいまだ、つかまっていません。
昨年の3月、当時二年生だったにいなちゃんは小学校を卒業し、保育園児だったれいくんは、6月にはもう11歳になっていたはずです。5年目を迎えた昨年、初めての絵本製作を思い立ったのは、命の尊さを伝えたいという思いはもとより、私自身が、突然死によって愛するものを奪われた悲しみからの再生をめざした結果かもしれません。不条理な別れに遭遇した方々の悲しみをこの絵本が少しでも癒すことができるなら幸いです。
主人公のくまのミシュカは、四人が大切にしていたいくつかのテディベアの中でいちばん小さなクマです。「ミシュカ」という名前は、古いフランスの絵本の中に出てくる、ぬいぐるみのクマからとって名づけられました。
小さなミシュカは、にいなちゃん、れいくんといつもいっしょでした。居間のソファの上で、お寝みのベッドの中で、お出かけの時は子供用のリュックサックやバッグの中で……。ミシュカが、四人といっしょに見たり、聴いたり、感じたりしただろうたくさんの体験。そんな楽しかった思い出やエピソード、四人のお気に入りを、この絵本の中にたくさん散りばめてみました。
例えば、よく遊んだ公園で真っ白に咲き零れていた小手毬の花、お気に入りのコンポート皿に盛られた宝石のような桜桃、にいなちゃんが一生懸命育てた赤と黄色の鮮やかなチューリップの鉢、れいくんが一緒に泳ぐのを楽しみにしていたイルカたちのジャンプ、みんなで行った浜辺で拾った耳に当てると波の音がする碧い巻貝、落ち葉やどんぐりをたくさん集めてつくった秋色のリース、そして、寒い朝、いっしょに踏んだ霜柱。
私の記憶の中で、四人の生命は、今も本当に鮮やかな色で輝いています。溌剌としたその魂の記憶が、事件の悲惨さで曇ってしまうのがつらくて、できるだけ明るい色調で、この絵本を仕上げたつもりです、彼らの魂の色にふさわしい豊かな暖かい色で。
著者プロフィール
入江 杏
国際基督教大学卒業。
英国の大学で教鞭を執るなど、10年に近い海外生活の後、帰国した2000年12月31日未明、「世田谷事件」に遭遇し、大好きな妹一家四人を失う。その後、犯罪被害からの回復。自助と*グリーフケアに執り組みながら、絵本創作と読み聞かせ活動に従事している。
私は今、にいなちゃんやれいくんといっしょに、流れ星に祈った夜のことを、まるで昨夜のことのように思い出しています。彼らがあの星になってしまうことなんて考えもしなかったあの日、それは賑やかな団欒の夕べ、澄んだ冬の夜空に満天の星が輝いていました。四人の魂は、どんな星に姿を変えて、今、この大空の彼方で光を放っていることでしょう。
無秩序に点在する無数の星の中からいくつかの星々が結ばれて、かがやく星座がかたどられ、その物語が語り継がれてきたように、この小さな本の絵の一枚一枚が、ミシュカと四人のすてきな物語を紡ぎ出してくれることを願っています。
*グリーフケア:家族など、自分にとって大切な人を失う悲しみの中で生きている人(グリーフ)を支える(ケア)こと
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