2005年7月1日
「鬼が瀬物語 魔の海に炎たつ」の作者に聞く!

人と人が助け合って生きた、庶民の歴史
漁船改良の夢をつらぬく少年の成長を壮大なスケールで描く「鬼が瀬物語」シリーズ。第2巻刊行を7月にひかえた作者岡崎ひでたかさんに、作品にこめた熱い思いを聞きました。
岡崎ひでたかさん

『鬼が瀬物語
魔の海に炎たつ』
岡崎ひでたか/小林豊・画
執筆への熱意が消えることはなかった
--「鬼が瀬物語」を書かれるきっかけは
何だったのでしょう?
岡崎:千葉県館山市の図書館の、郷土資料コーナーで漁業についての村の記録を見たのです。古いガリ版刷りの事務的な文書だったのですが、当時のようすがまざまざと頭に浮かびました。荒っぽいが気風のよい漁師たち、大漁に酔う漁村の繁栄と、海難事故、衰退、船の改良に一生をかける船大工…etc.「書きたい」「どうしても書きたい」そんな思いで熱くなりました。
とはいえ、必要な資料はほとんどありません。また物語のスケールは壮大で、どれほどの長さになるかわからない。私に書けるだろうか、とすぐにはとりかかりませんでした。しかし、何年経っても、「書きたい」という強い思いが消えることはなかったのです。そこで、書けるところから書いていこう、と部分的に書いては同人誌に発表していきました。そして当時の仕事の忙しさもあって、15年です。

思いがけない反響をいただき、嬉しい反面プレッシャーを感じます。
働くことは、人間の生命活動の源泉
--この物語では、自分の道をつらぬく少年の生き方が描かれていますね?
岡崎:満吉には、私がやりたかったことをやらせています。いわば私の分身。私自身、親から職業の自由を与えられなかった。親の船大工をやりたい満吉とは逆の立場ですが、自分がやりたいと思ったことを、あきらめずにつらぬき通してほしい、そんな思いがあります。働くことは、人間の生命活動の源泉。私はこんなことができる、世の中の役に立てる、そういう喜びは働くことによって得られるのですから。

実際に館山を取材して描かれた、鬼が瀬の海。
今の社会は、子ども達にも様々な問題が生じていますが、自分がいきいきと生きられるような仕事に目覚め、愛する人を見つけ、愛に目覚めることができたら、どんな子でも人間として真っ当に生きていけると私は信じています。

「鬼が瀬物語」の舞台となった、館山市布良の海。
働く庶民が生きてきた歴史を
--読者のみなさんに、最後にひとこと!
岡崎:「鬼が瀬物語」のように、庶民の歴史を書いていきたいと思います。歴史というなら、なぜ織田信長などの大人物について書かないのかと思われるかもしれませんが、支配する側の人間は多くの働く人を犠牲にしたり、利用したりして偉くなる。だから人を見る目が冷たくなります。
ですから、私は支配される庶民の視点で歴史を書きたいのです。庶民というのは、人と人との結びつきを大切にすることで、暮らしが成り立っています。働く者同士が助け合って生きる姿、それなら温かく書ける。そして、名も無き人々がどういう気持ちで生きていたかを知ってもらいたいと思っています。
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