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2006年7月3日
Vol.18『川のいのち』

3人の少年たちのきらきら輝く夏休みを、川に生きる‘いのち’とともに描いた絵本です。ご自身も‘川ガキ’だったという、著者立松和平さんのメッセージをお送りします。
文:立松和平
絵:横松桃子
川ガキ 立松和平

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小学校最後の大切な夏休みを川で過ごす、悟、雄二、真人の3人。横松さんの絵から、生命感あふれる川の様子が伝わってきます。
少し前のことになるのだが、テレビの番組で子どもの頃に遊んだ場所にいき、その思い出を語るという企画があった。そこで私は故郷の宇都宮の鬼怒川の河原にいき、川遊びの楽しさについて話そうと思った。
しかし、いろんなんことがあまりにも変わりすぎていた。まず河原にゴミがたくさん落ちていて、石はぬるぬるし歩きにくくなっていた。そして、川で遊んでいるのは釣りをする大人ばかりである。
鮎釣りをしているのだが、その様子にも変化があった。鮎は激しい流れの中にいて、川底についている苔をなめて生きている。ところが釣り人が糸をたらしているところは、トロ場といって、水の流れのゆるやかな場所ばかりであった。鮎自体の性格もまったく変わってしまったのである。
鮎釣りは相変わらずさかんではあるものの、釣る鮎はほとんどが放流鮎である。稚魚の時まで養魚場のコンクリート水槽で、やわらかな粘り餌を食べて育ってきたのである。本来の鮎は孤独を好み、自分のテリトリーに他の個体がはいってくると、激しく拒んだ。そこでオトリを使う釣りが成立するのだ。ところが飼育鮎は子どもの頃からコンクリートの中で仲良しこよしで育ったため、人工物を恐れず、他の鮎を拒絶しない。つまり生態が変わり、トロ場で釣りをするようになったのだ。
野生の鮎は激流の川底で苔を食べるため、顔も尖って精悍である。ところが人工飼育された鮎に野性味はなく、顔全体も丸味を帯びている。
川で遊ぶ子どもを、私は親しみをこめて川ガキと呼ぶ。私は川ガキだった。勉強もせず、すぐ川に向かって自転車を走らせるのであった。私にとって最高の川は利根川の支流の鬼怒川だが、そのほかにも近所に有名でない川がたくさんあって、そこでいろんなことを学んだものである。
まず泳ぎである。川の流れは複雑で、川底も一定しない。その流れを読み、泳ぎ切ることが、喜びであった。何度も危ない目にあったのだが、それを乗り切るのが喜びでもあった。つまり、川は自然に対する向き合い方を教えてくれ、力をくれたのだ。
魚をとるのも、自然の力を解読し、それを自分のものにするということなのである。川底の石を裏返しにすると、川虫やチョロ虫がいる。それを餌にする。釣り道具は、釣針以外はほとんどそのへんのもので間にあわせる手作りであった。
著者プロフィール
作家:立松和平
1947年栃木県生まれ。
『自転車』で早稲田文学新人賞、『遠雷』で野間文芸新人賞を受賞。児童向きの絵本も数多く手がけており、主な作品に、『山のいのち』(ポプラ社)、『黄色いボール』(河出書房新社)、『街のいのち』『田んぼのいのち』『木のいのち』(くもん出版)などがある。
画家:横松桃子
1977年栃木県生まれ。
主な作品に、『父のふるさと』(河出書房新社)、『元気よすぎる息子へのラブレター』(KTC中央出版)、『黄ぶな物語』(アートセンターサカモト)『街のいのち』(くもん出版)などがある。
舞台美術、ポスターなども手がけている。
流れをよく観察し、時には実際に水の中にもぐってみて、魚はどのように生きているのかを見る。川や魚を知ることは、自然を知ることであり、その力を自分のものにするということだ。しいていえば、この世で生きていく力をもらうということだ。釣った魚は河原で焚火をして焼いて食べるのだが、これも自然の中で生きていく力を養うということなのである。
子ども同士で喧嘩もした。石を持って相手を殴るのは最低で、ナックルブローも反則、握った拳の掌のほうで打つ猫パンチで戦った。これだとすごい音がするが、掌が痛いばかりで、相手にダメージを与えることはない。こうしてどこまでやれば痛いのか、怪我をするのかを学んだ。暴力は痛いし、あとの空虚な気分のことなども、いつしかこの身で学んでいたのだ。
川は教室だった。いろんなことを教えてくれる学校だったのである。しかし、その学校から子どもの姿が消えてしまった。その理由は、水が汚れたからであり、少し危険な川で子どもを遊ばせることを、大人が余裕がなくてゆるせなくなったからである。かくして、ニッポン川ガキは絶滅危惧種になってしまったのだが、私はこの種を回復させたいと願っている。
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